アオルためのレンズの条件
[イメージサークル]とは
大判カメラ用レンズのカタログを見ると「包括角」とか「包括角度」「イメージサークル」といった35mm判カメラ用レンズでは見かけない単語や数字が書
いてある。包括角というのは、イメージサークルをカバーするレンズの見込み角のことで、角度の単位”度”で表示されている。イメージサークルは、レンズの
固有焦点距離(無限遠時)で結像させたときの像面の直径のこと。周辺光量の低下とか解像力の低下を防ぐため、ふつうはF22に絞ったときの大きさを測り
mmで表示する。同じ焦点距離のレンズでは、包括角度の大きいレンズほどイメージサークルも大きい。
包括角度やイメージサークルの大きさは、レンズの焦点距離とは無関係なことが多い。それは、焦点距離の長いレンズほど包括角度が小さくてもイメージサーク ルは大きくなるが、反対に、焦点距離の短いレンズは短くなればなるほど包括角度が大きくないと、必要なイメージサークルが得られないからである。4×5判 カメラの画面寸法は、長辺が130mm、短辺が105mm。対角線は155mmである。これを見ると、イメージサークルが155mm以上のレンズでなけれ ば4×5判カメラには使えないことがよくわかる。ただし、例外がある。前にも書いたようにイメージサークルは、レンズ固有の焦点距離で結像させたときの像 の直径です。
これは、無限遠にピントを合わせたときなので、レンズとフィルムの間隔が最も短く、そのレンズのイメージサークルが一番小さい時の大きさである。近距離撮 影でレンズを少しずつ前へ繰り出してゆくと、レンズの包括角は同じでもレンズとフイルムの間隔が広くなるので、結像の直径、つまりイメージサークルも大き くなっていくのだ。かりに、等倍撮影をするためレンズを焦点距離の2倍の位置まで繰り出したとすると、イメージサークルは2倍の大きさになる。このような ときはイメージサークルが80mmしかない中判用レンズでも、十分4×5判の全画面をカバーできることになる。イメージサークルから画面の対角線長を差し 引いた残りの2分の1が、そのレンズで可能なライズフォールシフトの各アオリ量になる。アオリの許容量は、大きければ大きいほど表現の幅が広いことになります。
なお、大判カメラ用レンズは、使用する画面寸法が必ずしも一定ではないので35mm判カメラのレンズのように画角の表示はない。35mm判の対応表を作っ ておいたので参考にしてほしい。また、大判カメラ用レンズのスペックには最短撮影距離の表示がない。これはピント合わせ機構がレンズにはなく、カメラの蛇
腹を使った繰出し機構で調節するからです。
アオリによる被写界深度の調節
ここでは、いよいよアオリの技法に入る。4×5判カメラを使っている人でも「アオリはめんどうだ」とか「風景写真にアオリは不要」などと思っている人が 意外に多い。しかしアオリは、画像のシャープネスを生かす被写界深度の調節だけに使うものではない。大判カメラの諸機能をフルに生かして、画像の形状コン
トロールによる表現効果の演出を可能にするため、ぜひマスターしておかなければならないテクニックです。
すぐ目の前にある花や草などの被写体から、はるか彼方の山や雲にまでシャープにピントの合った風景写真は、それだけでも、すごい迫力と臨場感がある。前景 から中景、遠景までバッチリとピントの合っていることをパンフォーカスといい、35mm判カメラで撮るとしたら24mmとか21mm超広角レンズのよう に、被写界深度の深いレンズを使う。被写界深度というのは、ある被写体にピントを合わせたとき、その部分の手前と奥で、ピントが合ってシャープな画像が撮
れる範囲のこと。被写界深度は、被被写体とカメラ間の距離が大きくなればなるほど、また、レンズの絞りを絞り込めば絞り込むほど深くなります。
また、焦点距離の短いレンズほど深く、反対に焦点距離が長くなるにしたがって浅くなる。画面対角線の長さが150mmの4×5判カメラでは、焦点距離 150mmが標準レンズとなっている。150mmというと、35mm判カメラでは望遠レンズだ。被写体にピントを合わせたとき、その前後にピントの合う範 囲が狭い。つまり、被写界深度がきわめて浅いレンズである。4×5判と35mm判では、画面の大きさが違うが、同じ焦点距離のレンズがフイルム上に作る像 は、大きさ、ボケ具合などが同じという事実は見逃すわけにはゆかない。4×5判カメラで使用するレンズは最も短いものでも65?75mで、35mm判カメ ラでは、望遠系のレンズになる。これでは、いくら絞り込んで撮ったとしてもパンフォーカスな写真を撮るのはむずかしい。
そこで、この問題を解決する鍵となるのがここでのテーマ「アオリによる被写界深度の調節」である。アオリ操作で、レンズの光軸をフィルムに対して斜めにす ると、カメラに対して斜めの被写体にシャープなピントを得ることができる。左図のように被写体のピントを合わせたい面とフィルム面の延長線が交わる点へ、 レンズの光軸に垂直な面が一致するようにする。この方法は、オーストリアのシャインフルークによってはじめて唱えられたのでシャインフルークの原理と呼ん でいる。この原理からすると、レンズを付けたフロントフレーム、フィルムを付けたバックフレームのどちら側でアオっても、同じピント面をつくることができ る。しかし、バックフレームのアオリは、被写体の形を変えるので、普通はレンズのあるフロントフレームをアオルことが多い。
草原やお花畑のように、奥行きのある水平な面にピントを合わせるアオリは、フロントフレームを前方ヘティルトする。被写体が並木とか柵のように、奥行きの
ある垂直面のときはフロントフレームを被写体方向ヘスイングする。これで、レンズの絞りを開放したままでも、手前から奥までシャープな像を作ることができ
る。このように「被写界深度を調節するときにはレンズをアオるのだ」と覚えておいてほしい。最後に、被写界深度のチェック法。ピントグラスに映っている像
をルーべで見ながら絞り込み、被写体のシャープなピントを得たい部分ごとに、どの絞り値まで絞り込めばよいかを確かめる。このとき、絞りを開放、絞り込
み、を繰り返しながら必要な絞り値を見つけ出す...という方法が手っ取り早くてよいです。
画像の形を変えるフィルム面のアオリ
山を引き起こして、高く・雄大に写そう!
4×5判カメラの”アオリ”の例題として、高層建築物を写した作例写真がよく使われます。
低いいところから高層建築物を撮影する場合、仰角をつけて撮影すると上すぼまりになり奥へ倒れ、周辺の樹木は中心軸に傾いて写ります。(写真1) これに対して
(写真2) はバック (フィルム面) 部を垂直に保ってフロント (レンズ)部をライズしてレンズのパースペクティブ (遠近感) を修正して建物を引き起こしたものです。同じ場所から撮影してその高さの違いがお判りのことと思います。
目的とする山が低く写っては残念に思うことが有りますが、ライズアオリを使って、是非山を高く、雄大に撮影しましょう。
背の高いビルを見上げるようにして撮ると、上の方へいくにたがっ てビルの横幅がだんだん細くなって写ります。また、画面の両サイドにある物は、画面の中央へ寄りかかるように傾いて写る(写真1)。なのに、写真2は、ビルも樹木も垂直に写っています。
ビルの外壁や窓枠は、実際には地面に対して垂直である。それぞれは平行で、かりに延長線を引っ張ったとしても、決して交差することはない。しかし、写った写真では、垂直の線を延長すると(画面外という事もあるが)一点に集まる。そのため、ビルが後方へ傾いたように見えます。また、カメラを下へ向けて撮
ると、垂直の線は上向きの放射状に広がって写り、箱のような被写体だと上面が広く底面は狭く写る。この現象は、焦点距離の短いレンズほど、カメラを上また
は下へ向ける度合いが大きくなるど、カメラ位置が被写体に近づくほど...それぞれ強くなります。
ところが、ビルにカメラを向け、ファインダーやピントグラスを見ながらレンズの光軸が水平になるようにして構えると、被写体のすべての垂直線が画面でも垂
直になる。これは、レンズの光軸を水平にしたからではなく、フィルム面を垂直に保ち被写体の垂直線と平行にしたためなのです。このとき、画面の下半分は地面
が写ることになるが、もし、レンズを上の方へ平行にずらすか、フィルムを下の方へずらすことができるなら、画面の中央に真っすぐに建ったビルを写し込むこ
とができます。これは、なにも垂直線に限ったことではない。水平な線も同様です。
二つの線が平行している場合、画面では遠くへいくにしたがって線の間隔が狭くなっていく。像は形の大きさの違いとして現れ、透視図的奥行き感—パース
ペクティブ(遠近法)を生みだす。パースペクティブは、平面上に立体感や遠近感をもたせることで、画家が風景画を描くときに使う透視図の原理から発達した
もので、写真ではカメラ自体が自動的に透視図的表現を行うが、アオリ技術によってそれをコントロールすることができるのです。つまり被写体の形を変え、空間や距離感を拡大したり縮小することができるので、それによって力強い写真表現が思い通りにできるようになります。
ではアオリの作例写真として、最もポピュラーなビルの撮影をフィールドカメラを使い、実際に撮ってみることにしましょう。
1) 三脚にのせたカメラをビルを見上げる様に向け、ピントを合わせてフレーミングをする。
……このとき、ビルは上の方へいくにしたがって横幅が狭く写っている。
2) ボディーの左右にあるバックフレームロックネジをゆるめ、ピントグラスのあるバックフレームを
前方へ倒し(ティルト) 水準器を使って地面に垂直にしてからロックネジを締めて固定する。
このときバックフレームがフロントフレームに近づいてしまうので、ピントグラスの像は
ボケて 見える。しかし、ビルの垂直線は、すべて垂直に映っている。
3) 次に、ビル全体にピントが合うようにするため、フロントスタンダード支柱のロックネジをゆるめ、
支柱を前に倒すようにしてフロントフレームをティルトさせ、前枠部が地面と垂直(ピントグラスと
平行)になるようにして固定する。…-このときにも水準器を使ったほうがよい。
4) 再度ピントを合わせなおす。…すべての垂直線が真っすぐに修正されたビルが、クッキリと
見えてくるはずです。
また、ピルの 水平方向の奥行き感をなくしたいときは、さらに、フィルム面(バックフレーム)を
ビルの面と平行になるようスイングさせればよい。
スイングを逆方向にすれば、奥行き感は反対に 強調されることになる。
バックフレームのアオリは被写体の形を変えパースペクティブのコントロールができる。だから 『バックフレームで形を決めてからフロントフレームのアオリで被写界深度を調節する』
この順序を守らないと、いつまでたってもアオリのテクニックは上達しません。
等倍撮影 ! ネイチャーフォトに挑戦
被写体をフィルム面上へ原寸大に写しとることを等倍撮影と呼んでいる。35mm判カメラで写す等倍撮影は、もともと撮影できる範囲が狭く画面も小さいの
で、どうしてもシャープさに欠けることは否めない。これに対し4×5判は、十数倍もの広い範囲を高画質で撮ることができるので、比較にならないほど迫力の
ある写真が写せるので、これが大きな魅力となっています。
4×5判の実用上の画面寸法は9×10.5cmぐらい。この大きさを切りとってサマになる被写体を探しだすことが良い作品につながる第一の条件だ。それに は、4×5判用の紙製マウントフレームを用意して、カメラを構えるまえにこれを被写体に近づけ、画面構成を考えるようにするとよい。ピントグラスに被写体 が同じ大きさに見えるのは、レンズとピント面との間隔がレンズの焦点距離の2倍になったときです。150mmレンズだと、繰り出し量が300mmでレンズと 被写体までの距離も300mmに設定されたときです。
では、タチハラフィルスタンド45にフジンW150mmF5.6をつけた状態での等倍撮影を、実際にやってみることにしよう。カメラを組み立てたら物差し を用意し、レンズをピントグラスから30cm繰り出したところで固定する。レンズのどの部分から測るのか気になるところだが、とりあえずはシャッターの厚 みの中央部、絞りのあるあたりを目安にする。35mm判カメラだったら、接写用のベローズとか中間リングなどが必要になるところだが、4×5判カメラは蛇 腹を伸ばすことができるので、特別なアクセサリーを使わなくても、簡単に等倍撮影を楽しむことができるのです。
ところで、レンズを焦点距離の2倍も繰り出す撮影では、単独露出計の指示値をそのままレンズに刻まれているFナンバーに設定しても、適正露光は得られな
い。一般的に、レンズの表示F値がそのまま通用するのは、レンズから被写体までの距離が撮影レンズの焦点距離の8倍以上あるとき。被写体がそれよりも近く
なるとレンズとフィルム間の距離、つまり蛇腹が撮影距離に比例して長く伸びることになり、フィルムの像面光量が少なくなる。
そのため、レンズの絞りを必要なだけ開けるか、シャッター速度を遅くして露光量を増してやらなければならない。このときの補正量のことを露出倍数とかベ
ローズ・ファクター(蛇腹指数)と呼んでいる。近接撮影時に、蛇腹の伸びで有効でなくなったレンズの表示F値が、実際にはどれぐらいになってしまうのかと
いうことは、次の式で知ることができる(ただし、テレタイプのレンズには適用できない)。
露光倍数=(レンズとピント面までの距離/撮影レンズの焦点距離 )の2乘
ピント合わせはカメラ全体を前後に移動させながら行うが、このとき、35mm判カメラ用のマクロスライダーを使用し、ピント合わせの微調整をすると意外 に便利.。等倍撮影では、被写界深度が極端に浅くなる。シャープなネガを作るためには前項の「レンズ部のアオリ」で被写界深度の有効な調節をする…という ことを忘れないように。蛇腹が伸びているのでレンズ固有のイメージサークルも、この場合には2倍の大きさになっており、それだけアオリの自由度も高くなっ ている。
また、等倍撮影ではピントの悪いネガを作りやすい。原因はピント合わせの不手際やレンズの性能の悪さ—というのもあるが、実際にはカメラぶれのほう がはるかに多いものです。
カメラぶれは、三脚をワンランク上の頑丈なものを使うとか、小型ストロボを併用するなどで防ぐことも可能だが、シャッターを切る時 にあらゆる震動が完全になくなるまで待つことが大切。
風のある日や、自動車や列車の通るようなところでは、特に注意したいものです。
【その2へ】。
|